制約

やあやあ。
オトウラアオイです。


近頃は
コロナ拡大前と変わらず


…とまでは言えないけど、
有観客ライブをおこなうアーティストさんが増えた
そんな印象を受ける。


声が出せない、

定位置から動けない、


そんなことから
これからのライブは

「魅せる」

ものになると考えていたし、
そう変化していく必要があるのではないかと
素人目線で考察していたわけだけど、
その点について演者さんが大きく変わったようには見えないね。

シンガロングやコールアンドレスポンスが好きだから
声出しも解禁されるといいなぁ。



地方によってガイドラインも異なるって話も聞くけど、
制約の中で活動をつづけるバンドマン、ミュージシャンの方々には辛い時期かと思います。


制約と言えば。

大体のミュージシャンは
世間のルールにウンザリして
音楽を始めた人だっているでしょうに
(個人的見解です)、

よく意味がわからない


ローカルルール


みたいなものが
どのジャンルにもあって、
それに縛られてしまうこともあるとかないとか。

そういうのは窮屈だし、
非常に面倒。


ルールがないと治外法権になって
良くないこともわかるけど…。
実際、僕もその洗礼を受けたことは
あります。笑



ユニット活動中も制約があったし、
むしろ自ら制約を課していた部分もあったり。

制約を課す

というよりは、


「できる範囲でどれだけやれるか?」


という表現の方が正しいかな?



そもそも。
ユニットの時はオリジナル曲で
活動する予定じゃなかったのね。
当初は。

とあるステージに向けて
カバー曲を練習してたの。

でも、


人様の歌を唄ってもどうかね?



と、
ふと思ったわけ。



人様の歌で、仮に拍手を貰えても

楽しいかもしれないけど、

嬉しくはないよね?


少なくとも僕は
なんにも嬉しくない。

なんなら楽しいって感情も
うすっっっっっっっぺらい
ものだよなぁって。


そりゃ、自分の歌じゃなくても
自分の『歌』に昇華できていたり、
伝えたい想いがその歌と一致してる
などなど
唄う意味が見いだせればいいと思うんだけど、
当時の僕らにそんなものはなくて。

理由なんて
「たまたまコード譜があったから」
くらいのものだったのね。


だから、
練習してた曲のコード進行にあわせてメロディーをつけて、歌詞を乗せた。

そうやってユニットが結成されたわけ。


いうてズブの素人ふたりだから、
元々のコードをいじったりすることは出来なかったけど、
それでも良い曲はつくれんだぞ!
という気持ちだった。

今でも思うよ。

たまに聞き返すんだけど、
良い曲じゃん…
って。笑


つくった曲ってさ、
我が子みたいなもので
可愛くて仕方ないものなの。

親バカだとしてもね。


骨組みに少し肉付けしたくらいの出来栄えだから、
悔しい気持ちもある。
曲にもせめて服を着せてあげたかったなぁ…(比喩)



生きてればさ、制約っていうのはあるよ。
「完全な自由」なんてないんだ。
そもそも1日が24時間って時点でね。


決められた枠内でどれだけやれるか。



だから、今だってそう。
限られた時間や、できる範囲内で
これからもやれる事をやっていくよ。

マイペースに、ゆっくりと。



とにもかくにも、
また皆が大声を出して騒げる空間が戻ってくるといいなぁ。


それじゃこのへんで。

しゅびどぅば。

オトウラ アオイ

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